礼拝の話

2024/06/26 

6月13日(木) 聖書 マタイによる福音書 13章31~32節 日本キリスト改革派 山田教会 高内信嗣牧師

調味料のことを英語で「シーズニング」と言います。

この言葉の語源は、「シード」つまり「種」です。

ちょっぴり入れるだけで味わいが変わるからだと思います。

この「シード」(種)という言葉から来ている言葉には、他にも季節を表す「シーズン」やスポーツのトーナメントの第一シード、第二シードという言葉もあります。

聖書の中のイエスのお話しの中で、よく植物のたとえが出てきます。

今日の聖書箇所もその一つです。

このからし種は正確にはどんな種類のカラシなのかはよく分かっていません。

とにかく小さな種が、大きく育つということです。

私たちの小さなものが、大きく実を結ぶということを共に考えたいと思います。

昨日、学校記念日礼拝が行われましたが、ダウド先生が貧しい女子を預かって教育をしたことが清和の歴史の始まりとなりました。

ダウド先生の最初の愛の業が、歴史を通して、この清和に大きな実りをもたらしました。

本日の聖書箇所に「天の国」と出てきます。

厳密には「天国」とは違います。

天の国というのは、イエスの愛が芽生えている場所と言えるでしょうか。

イエスは2000年前、ガリラヤという田舎からお働きを始めました。

それは世界のスケールから見たら、とても小さな働きです。

からし種はとても小さな種です。

けれども、成長すると、空の鳥が枝に巣を作るほどの大きな木になるのです。

イエスの愛の働きはとても小さなところから始まりました。

しかし、一人ひとりと向かい合われたイエスの愛は、ガリラヤだけにとどまらず、今も語り継がれ、全世界に広がっているのです。

私たちは今、共にイエスを見つめています。

ここから私たちの愛の物語も始まっていきます。

名を遺す人たちと比べると、私のできることは小さなものかもしれません。

でも、そのような小さなものから、私たちの愛の業が始まることを信じたいと思います。

なぜなら、天の国はからし種のような小さなところから始まって、やがて大きく成長するからです。

身近なところだけでなく、世界中に、心が迷い、傷を負い、路頭に迷う者たちが多くいます。

私たちは遠く離れた人たちのためにも時間を取り分けて祈ることができます。

私たちもイエスを見つめつつ、新しい愛の物語を始めていきたいと思います。

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