礼拝の話

2024/06/26 

6月14日(金) 聖書 歴代誌下 15章7節 英語科 市川

私は「冒険」という言葉が大好きです。

「冒険」には一般的に「危険な状態になることを承知の上であえて行うこと」という意味がありますが、ほかにも「成功するかどうか確かでないことをあえてやってみること」という意味もあります。

私の人生の中における「冒険」は、後者です。

アイス屋さんで食べたことのない味のものを買ってみる。いつも着ないような服を選んでみるなど、なんだかちっぽけで自分でもそんなものを冒険と呼んでもいいのか、と思うこともありますが、私はこれらも大手を振って冒険と呼びます。

私にとっての冒険は「やったことのないことをやってみる」に過ぎません。

けれど、「やったことのないこと」を決断・実行することは、決して小さなものではないはずです。

「しかし、あなたたちは勇気を出しなさい。落胆してはならない。あなたたちの行いには、必ず報いがある」。

今朝の聖書の箇所に、私はいつも元気をもらいます。

自分の中で挑戦するかどうかの葛藤を感じたときに、安心を得ることができます。

自分にとっての今までの冒険にも意味があったように思えました。

私たちの生活の中では、急に勇者になったり、魔物と戦ったりすることはありません。

けれど、日常の中に「冒険」は溢れているはずです。

冒険に、踏み出す勇気は必需品です。

きっと勇気ある行動は、誰かにとっての優しさに変わります。

自分の強さにも変わります。

どうしても、私たちはいつもの道から逸れられず、苦手なことからは目を背けたくなってしまいます。

伝えたいと思っても、口から出てこない言葉があります。

言葉にしなくても分かってくれたら良いのに、そんなふうに思うこともあります。

知らないことや難しいこと、やりたくないことや面倒なことを否定してしまいたいことだってあります。

私も恐怖を感じることや言葉に詰まってしまうこともちろんあります。

けれど、神さまが用意してくれた道を、一度踏み出してみると、自分にとっては道が見えない不安の中でも、神さまはいつも見守ってくださっています。

その先に、やってよかったという思いが待っていると信じています。

だから、私たちは勇気を持って正しいと思う選択を繰り返していくことが大切だと思います。

私はまだ見たことがないところに喜びや、希望が輝いている可能性があるなら試しに歩いてみたいです。

そうやって、誰かの支えになれる行動や言葉、自分を強くする方向を選んで日々を冒険したいと思っています。

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