礼拝の話

2024/10/17 

10月16日(水) 聖書 ミカ書 4章3節 音楽科 三浦

今年のノーベル平和賞は、日本原水爆被害者団体協議会が受賞しました。

ノーベル賞選考委員会によると、広島と長崎の被爆者による草の根運動は、核兵器のない世界を実現するための努力と、目撃証言を通じて核兵器が二度と使用されてはならないことを実証したとして評価した、ということでした。

今回、この日本被団協が受賞した理由の1つには、間違いなく2年半に及ぶロシアのウクライナ侵攻、1年を超えたイスラエルのガザへの攻撃、隣国レバノンへの攻撃があるでしょう。

わたしたちは、ウクライナやパレスチナだけでなく、世界中のあらゆる場所でいろいろな問題が起こっていることを知る環境にあります。

考え始めればきりがない、という思いが出てくることも多いでしょう。

でも、だからといって、このことについて考えなくてよいという理由にはなりません。

「自分には大したことはできない」と無力さや、やるせなさを覚えることになったとしても、考えなくてよい、自分とは関係ない、とは思ってはいけないくらいに、わたしたちと世界は身近にあるということをわたしたちは知っています。

ノーベル平和賞を受賞した日本被団協のみなさんは、自分自身の痛みを、決して今後誰も味わうことがないように、と核廃絶への道を世界中に訴え続けてきました。

やられたからやり返す、攻撃する権利があるからする、というロシアやイスラエルの論理とは真っ向から対立するものです。

今朝の聖書の箇所はもうここ数年幾度となく読み継いできたものです。

わたしたちは、平和な世界を創るために多くの痛みを知り、多くの悲しみを知り、その中で懸命に生きている人たちがいることを、自分自身の痛みとして抱える必要があるということです。

歴史を学び、世界を知り、多くの事柄を身につけるのは、すべて平和を実現する人になるためです。

1982年に、No more Hiroshima ,No more Nagasaki ,No more war.と絶叫した国連での演説から42年。

原爆の被害を受けた方々の一歩一歩が1つの賞として形となった今、わたしたちは、多くの困難がある中でも、平和を求め続けることが求められるのだと思います。

1日1日の学校生活で、それぞれの生活の場で、そして、これから進んでいく社会の中で、わたしたち自身が平和を作り上げる者として生きるためにできることを1つずつ積み重ねていきたいと思います。

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