清和女子中高等学校。創立113年の高知県の私立女子校。キリスト教主義の中高一貫校です。
2024/10/23
キリスト教の「オチ」は福音
作家宮下奈都さんの作品に『ワンさぶ子の怠惰な冒険』があります。宮下一家と柴犬の3年間を綴ったエッセイです。どの話にも何かしら「オチ」がつきます。このエッセイに感化されて、私も8月18日(日)の一日を綴ってみました。オチをキリスト教的にいうと「福音」です。私の一日が読む人の心にストンとオチなくても、ちょっとおもしろいなと思っていただけたら最高です。
午前10時過ぎ
教会の礼拝開始時刻に間に会いそうにもありません。まあええぇか、と土佐電の電停清和学園前の線路を渡り、ハンドルを右に切って走り始めた時のことです。右後ろの一条橋の上に「なかいさん」の一団が見えたような気がしました。なかいさんはNHKの「中井精也の絶景!てつたび」で各地のローカル線を紹介している鉄道写真家の中井精也さんのことです。路面電車の一路線で最長の「ごめん・いの」線と停留所間が最も短い清和学園前と一条橋の間がテレビ番組になっている場面が一瞬思い浮かびました。慌ててUターンすると、間違いなく「なかいさん」でした。後部座席の娘が手を振りました。それに気づいた「なかいさん」もニコニコ顔で手を振ってくれました。私と妻も手を振りました。車の中は幸せいっぱいの空気になりました。それはテレビ番組でよく見る有名人と出会って大騒ぎをする一家そのものです。いつもの時刻に出かけていたら出会えていません。なぜか教会の礼拝開始時刻にも間に合いました。神様の粋な計らいに感謝です。しっかり献金しようと思いました。
午前11時30分過ぎ
日曜礼拝は夏休みで帰省した人や旅行の人でいっぱいです。その一人に阪神間にある教会の牧師のNさんがいました。Nさんとは前日にも会っています。沖縄の普天間基地のゲート前で、12年前から毎週月曜日にキリスト者を中心に讃美歌を歌い、基地の撤去と平和の祈りを続ける「ゴスペルを歌う会」があります。沖縄の呼びかけに応えて毎月第3土曜日に、はりまや橋商店街で「ゴスペルを歌う会」を行っています。偶然通りかかったNさんも賛美歌「ウイ・シャル・オーバーカム」を一緒に歌ってくれました。
午前11時40分ごろ
日曜礼拝直後、教会のYさんが私に、お家で見てください、読んでくださいと紙包みを渡されました。車の中で包みを開けてしまいました。約束を守れない自分が嫌です。新書サイズのブックカバーと誕生カードが入っていました。貴重な土佐紬を使って作って下さったのです。渋い土佐紬の真ん中には、ご子息のセンスのいい刺しゅうのラインが施されていました。次にお会いした時にちょっとカッコつけたお礼を言うためには「アホな」本は入れられません。そこで気鋭の神学者山本芳久と今最も注目される批評家若松英輔の対談「危機の神学 無関心というパンデミックを超えて」にしました。最後までがんばって読みます。
午後1時ごろ
日曜日の午後は知寄町のスタバです。ざわざわと落ち着かない空気の方が本を読めます。何より礼拝の話が書けるのです。ただ、店員さんの「いつもありがとうございます」は苦手です。「シャツのキャラクター、かわいいですね」には困りました。「ビューティフル・シャドウ(美しい影)」のキャラクターのように、自分をできるだけ目立たなくさせるつもりでしたが逆効果でした。抗がん剤治療で脱毛した頭を隠すためのキャップもかえって目立たせているようで痛しかゆしです。
午後5時ごろ
夕方宅配便が届きました。滋賀県の近江八幡市に住む知り合いのMさんからです。50年前、私はカッコよくいえばフランスに留学しました。先にフランスで生活をしていたMさんに助けられた留学でした。20年後、二人のうちの一人はお寺の坊さんになり、もう一人はキリスト教の牧師になっていました。神様のなさることは時にかなって美しい?です。本のタイトルは「老いたら好きに生きる(和田秀樹)」です。72歳になった私への助言でいっぱいの本のようです。もう1冊は経済学者ドラッガーの「非営利組織の経営」です。パラパラとめくりながら思い出したのが内村鑑三の「後世への最大遺物」です。内村鑑三といえば高潔な人でお金の話など一切しないように思われます。けれど内村はこの本の中で、キリスト者と教会が社会貢献をするためには、まずお金を集めることだと言っています。内村さんありがとうございます。あなたの言葉に従って、与えられた使命を果たすために、必要なお金は必要ですとしっかり訴えていきます。
たった1日なのに、書かなかったことも含めて、たくさんの出会いが用意されていることにあらためて驚きました。神様に感謝です。
