礼拝の話

2025/09/22 

校長 小西二巳夫

聖書 創世記 4章3~9節

ふつうの子どもが、ふつうの大人が、そしてふつうの人間がいざとなったら、とんでもないことをしてしまう、その原因がどこにあるのかを明らかにしてくれるのが、旧約聖書創世記4章のカインとアベルの兄弟の話です。
兄カインは弟アベルを野原に誘い出し殺しました。
神はカインが弟を殺したことを知らないはずがありません。
それをわかった上で、カインに自分がしたことを自分の言葉で告白し謝るように願ったのですが、心のコントロールを失ったカインは「私は弟の番人ですか」と不貞腐れた態度をとり、弟がいなくなったことについて自分には何の責任もないし知らないと言い切りました。
カインの神に対する態度と言葉は人間として情けない限りです。
カインは極悪人かというと、そうではなく事件を起こすまではふつうの人間でした。
カインが弟アベルを殺したのは、神が自分の捧げものを喜ばなかったことで自分自身が認めてもらえていない、受け入れてもらえないと絶望的な気持ちになったからです。
しかし、たとえ周りの誰からも自分が受け入れてもらえていないと思えたとしても、どこまでもその人を認め受け入れてくれている存在がいる事を教えてくれるのが、創世記4章のカインとアベルの話です。
今日の聖書の続きの15節に「カインを殺す者は、誰であれ7倍の復讐を受けるであろう」と書かれています。
この言葉でもってカインをとことん守ると神は約束しているのです。
神という存在がどこまでも自分を認め、受け入れてくれることを知るか知らないかによって、毎日の生活そして人生はまったく違うものになります。
清和で学び清和で働くことは、それを知った人としていい意味で「ふつうに」生きることができるということです。

学校生活の様子

学校生活一覧へ

学校生活|高校一覧へ

学校生活|中学校一覧へ

礼拝の話一覧へ

中学・高校 学年の通信から一覧へ

クラブ活動一覧へ

▲ページトップへ