礼拝の話

2025/09/29 

校長 小西二巳夫

聖書 詩編 46編9~12節

氷室冴子の小説、『海がきこえる』、続編の『海がきこえるⅡ アイがあるから』を今年の夏休みに30年ぶりに読み直しました。
この2冊の本は、それぞれ章立てがされていて、それらの章には『やさしい夜』『他人よりも遠い』『痛々しいから愛しい』など前後と関連するタイトルがつけられています。
ただ、続編の3章には『戦争の理由を知っている』という前後の章とは関係ないようなタイトルがつけられていました。
なぜなのか疑問に思いましたが、氷室さんのエッセイ『マイ・ディア』の中での言葉やこの本が書かれた時代のことを思い、深い関係があることに気づかされました。

『海がきこえる』が書かれた1991年頃というのは、中東のイラクが隣国クウェートに侵略戦争を始め、それに対してアメリカがイラクを攻撃するという「湾岸戦争」が起こった時でした。
これは1945年に終わった第2次世界大戦以降、最初の国際紛争です。
その時アメリカによるハイテクのミサイル攻撃を日本のテレビはライブ中継し、それを見ている多くの人はテレビゲームを見るような感覚に陥りました。
テレビ画面の向こうで、ミサイル攻撃によって多くの命が奪われ、たくさんの血が流されていることを想像できなかったのです。
さらに同じ頃、東ヨーロッパでは各地で民族紛争が起きていました。
それを日本に住む多くの人は遠くで起きている自分には関係ない出来事と受け止めていたのです。
それはある出来事とある出来事を結ぶ力である想像力に欠けていることを表していました。
その現実を前に、氷室さんは若い人に想像力を持ってほしいとの願いから、続編の3章に『戦争の理由を知っている』とのタイトルの話を滑り込ませたに違いありません。
氷室さんの日常から戦争の愚かさを考えるという想像力はイエスに通じます。
イエスは当時、律法を守る生活ができないために、絶対に救われないと排除されていた人こそ、真っ先に救われる存在だと気づかれました。
想像力こそが戦争を終わらせ、平和を作り出せるといわれたのです。
私たちは今持つべき想像力を持った人になるために、清和で学び清和で働いているのです。

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