礼拝の話

2025/10/31 

柳 井(数学科)

聖書 列王記上 19章11~12節

今朝の聖書の箇所には、“静けさの中の力”を感じさせる場面があります。
この話は「本当に大切なものは、目立つところや劇的な出来事の中にあるとは限らない」 ということを教えてくれているように思います。
実はイエス・キリストの生涯も同じです。
有名な奇跡や教えの期間は、ほんの数年間の短い出来事でした。
それ以前の約30年間は、ナザレという町で普通に働き、大工の息子として家族と暮らす日々を送っていました。
特別なことは書かれていません。
そうした“何気ない毎日”こそが、人の痛みを知り、イエスの、人に寄り添う力を育てた、と考えられます。

「サザエさん」の作者、長谷川町子さんは「日常の大切さ」を描き続けた人でした。
特別な出来事ではなく、どこにでもある毎日の中に、 温かさや優しさ、そしてユーモアを見出そうとしました。
「社会を支えているのは、派手ではないけれど、まじめに、誠実に生きる人々なのだ」。
彼女はそう信じていたそうです。
私たちの学校、清和の礼拝は「サザエさん」の倍以上の期間続いています。
思い出してみてください。
毎日の礼拝で清和の先生が語るのは、特別な奇跡よりも、日常の中の小さな気づきや人々の思いです。
それでも不思議と“ネタ切れ”にならず、今日まで礼拝がずっと続いているのは、毎日の暮らしの中に、見つけようと思えば、いくつでも新しい学びや出会いがあるからです。
平凡で平和な日々が続くからこそ、私たちは日々成長できます。
この静かな毎朝の礼拝の時間を通して、清和で過ごす私たちは 自分の心の奥にある声、「静かにささやく声」に耳を傾けていきます。

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