清和女子中高等学校。創立113年の高知県の私立女子校。キリスト教主義の中高一貫校です。
2024/10/09
わたしは年に何回か、ふと節目を感じるような時があります。
特別に何かの記念日、とか、覚えている事柄がある、ということでもなく、ふと、「あ、これが節目だな」と思う瞬間がある、というような感じです。
この2学期、全校をあげて取り組むことの1つにチャペルクリスマスがあります。
それぞれの学年に、そして一人ひとりにチャペルクリスマスでの役割があてられ、それぞれに必要な準備が進められています。
今年度も文字通り半分が過ぎたことを思う時、4月から書き留めてきた、この朝の礼拝の感想やコメントを読み返してみました。
4月11日の高内先生の礼拝メッセージでは、先生がカンボジアを訪ねたときのことが話され、このようなメモがあります。
「聖書の語るクリスマスはメルヘンのかけらもない」。
改めて読み返して、ドキッとしました。
聖書におけるクリスマスは、どのようなものだったのでしょうか。
これから街にはハロウィンを挟んで、クリスマスシーズンが到来します。
しかし、高内先生が言われたように、聖書における、聖書に書かれているクリスマスは、そんなキラキラ、わくわく、とは程遠いものでした。
マタイとルカの福音書には、このマリアとヨセフの葛藤、キリストの誕生、そして、誕生してからのことが書かれています。
これは、2000年前だけの話ではなく、今の話であることに気づくでしょうか。
若い夫婦となったマリアとヨセフの生活背景には、貧困の問題があるでしょう。
生まれたばかりの赤ちゃんであるイエスさまを連れてエジプトに逃げたマリアとヨセフは、命を奪われそうになる自分の国から逃げなければならない、ガザやレバノン、ウクライナ、それぞれ自分の住んでいた場所から離れなければならない人々の、今の世界の状況そのものです。
難民問題、戦争問題、地域紛争、いろいろな事柄が挙げられますが、わたしたち、キリスト教学校で学ぶものは、聖書を過去の読み物にしてはいけない、ということをこのクリスマスの記事からも考えさせられなければならないのだと思います。
この混迷の世界にあって、平和を実現する者となるために、この清和に集められ、学ぶ一人ひとりです。
今年度の前半6か月を通して考えてきたこと、感じてきたことを、この後半の6か月を歩むにあたりしっかりと考え続けるわたしたちでありたいと思います。
