礼拝の話

2025/06/25 

柳 井(数学科)

聖書 マタイによる福音書 6章19~21節

金額ではわずかでも、そのもの自体の価値は、実はとても大きい、という物が実は私たちの身の回りには沢山あります。
それなのに、「高く売れないから価値がない」「誰も欲しがらないから意味がない」という目線で物事を見てしまうと、本当に大切なことを見落としてしまいます。
例えば、私たちの「考え方」や「人間関係」。
「この人と仲良くすると、得があるか?」
「この活動は、自分にとって意味があるのか?」
「この勉強は、将来役に立つか?」
こんな疑問を持つことは、決して悪いこととは思いません。
それでも、「役に立つかどうか」「メリットがあるかどうか」だけで物事を判断していくと、 心がだんだんと疲れてきてしまいます。
たまたま開いた聖書の一ページにこんな言葉がありました。
「あなたの富のあるところに、あなたの心もある」。
この「富」というのは、「自分が一番大切にしているもの」のこと、私の頭にはそう思い浮かびました。

聖書の中には、みなさんご存知、イエスという人物が出てきます。
彼の生き方は、とても”不思議”でした。
自分が損をしてでも、誰かを助ける。
見返りを求めずに、人のために生きる。
そういう生き方を貫いたのがイエスです。
現代の感覚では、「非効率」に見えるかもしれません。
そうした姿の中に、時代を超えて私たちが現代で大切にすべき「価値」があると思います。
小さくても、見えにくくても、確かに「なくてはならないもの」があります。
それは、人の中にも、出来事の中にも、日々の生活の中にもあります。
私たちが、ほんとうに大切だと思えるもの。
それを、忘れないように。
そして、「わたしにとって、本当に価値があるのは、何だろう?」この問い。
これを一人一人考えることが、 清和で過ごす私たちのこれからの人生を豊かにする、第一歩になります。

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