礼拝の話

2025/09/26 

片 山(数学科)

聖書 マタイによる福音書 6章6~8節

今日の黙祷は、私がお願いをして少し長めにしてもらいました。
私は学校で過ごす中で、この朝のチャペルでの黙祷の時間がとても好きです。
厳密にこうやって黙祷はするべきだという決まりはありません。
決まっているのは静かにすることだけです。
これはキリスト教など、宗教に関係なく、すべての人が行うことができます。
考えてみれば黙祷やお祈りの時に、みんなが目をつむることはとても無防備なことだと感じました。
なぜなら、この時間に誰かが静かに何かをしてもわからないからです。
しかしこの無防備になることがなんだか大切なことだと思います。
さらに祈りの中では私たちは手を組みます。
目も見えず、体は自分で手を組んでいるのであまり動かせません。
どうして私たちは目をつむり、手を組むことができるのか、それは安全で、周りの人を信用しているからです。
そんな無防備な姿になっているから自分の内側に目を当てることができ、また神さまと向き合うことができます。

今年は戦後80年を迎えました。
8月6日8時15分、8月9日11時2分、8月15日正午に日本では黙祷をささげます。
黙祷は1分間持たれ、一人ひとりが心の中でいろいろな祈りをします。
戦争の反省と平和になることの願いを込めます。
このほとんどの人が目をつむる無防備な状態、この状況こそが、平和への決意のような気がします。
周りの人を信頼し、目を閉じることができたならそれは平和につながります。
小さなことから平和につながる祈りをしていきたいです。
一日の始まりのこの沈黙の時間をこれからも大切に過ごしていきます。

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