礼拝の話

2026/06/29 NEW

校長 小西二巳夫

聖書 使徒言行録 9章1~7節

今日の聖書にはパウロという人が出てきます。
彼はイエス・キリストを信じる人たちを捕まえることに人生をかけていましたが、ある日、考えもしない形でイエスに出会います。
それをきっかけに、今度は「イエスこそ救い主」との立場に立って活動をし始めます。
パウロはイエスに人生をかけた人を暴力的に捕まえ罰することを繰り返す中で、これでいいのだろうかと悩み、疑問も持つこともあったはずです。
イエスを信じる人は捕まると、苦しまなければならないことがわかっていながら、それでもなぜ生き方を変えないのだろう、自分はこんなことをしていていいのだろうか、他にすることがあるのではないか、と考えていたのかもしれません。
そして、それが何か気づかせてくれる存在との出会いを願っていたのです。
その願いが、雷に打たれて目が見えなくなるという劇的な形でやって来たのです。
しかもパウロがイエスに出会ったのはその1回限りです。
自分が真剣に考えていること、苦しんだり悩んだりしていること、心から願っていることに対する働きかけや答えが、出会いを通して、時としてそういう形で起こるのです。
さらにいえることがあります。
それは必要な出会いや答えが、後からやってくるとは限らないということです。
自分が悩んだり考えたりする前に、すでに与えられていることもあるのです。
与えられているけれど、気づかずに過ごしている場合もあるのです。
そのことに気づく時、今日という何でもないように思える一日をどのように過ごすのか、それが生きる上で大きな意味があるということです。
それでは今日一日を、そして新しい1週間を共に大切に過ごしたいと思います。

学校生活の様子

学校生活一覧へ

学校生活|高校一覧へ

学校生活|中学校一覧へ

礼拝の話一覧へ

中学・高校 学年の通信から一覧へ

クラブ活動一覧へ

▲ページトップへ