礼拝の話

2026/07/16 NEW

山 脇(社会科)

聖書 ヨハネによる福音書 3章16~17節

今日の聖書箇所には、イエス・キリストが十字架に架けられたことの意味が記されています。
イエスはユダヤの祭司や律法学者から神を冒涜したという罪で十字架にかけられました。
イエスのもとに集まっていた民衆もまた、自分たちが期待する「救い主像」から外れたイエスを十字架にかけることを望みました。
弟子たちもイエスが捕らえられたあと、自分たちの身にも危険が及ぶと思い、イエスのもとから離れていきました。
この出来事は、その場面だけを見れば、イエスが罪人として十字架に架けられたという出来事で終わってしまいます。
しかし、イエスは弟子たちに死の後について、すでに語られていました。
自分たちもとらえられてしまうのではないかと恐れていた弟子たちは、復活されたイエスの姿をその目で見て励まされました。
イエスの復活によって旧約聖書に記された救い主の預言は実現し、今を生きる私たちにも希望を与えるものになりました。
私たちも日々の生活の中で、多くの事柄に直面しながら歩んでいます。
その出来事が自分にとってどんな意味があるのか、その時は分からないことがほとんどです。
しかし、今日の聖書にもあるように、どのような事柄もそこには神の計画と導きがあります。
自分とは関係のない出来事に思えるような事柄も、もしかしたら自分に関わる事柄になるかもしれません。
もっと言えば、自分とは無関係と思える事柄も、実は全く関係のないものはないと言えるのかもしれません。
試験が終われば、学園祭のテーマ学習も本格的に始まります。
その学びが一人ひとりにとって決して無関係ではない、皆さんに関係する学びとなることになることを祈ります。

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