礼拝の話

2026/06/03 

日本基督教団土佐嶺南教会          鍋谷仁志牧師

聖書 ペトロの手紙Ⅱ 3章8節

清和に来ると、時間の流れが穏やかであるように感じています。
娘が通っていた頃も忙しそうにはしていましたが、あくせくしていない、どこか、穏やかな感じがしていました。
みなさんにとって「30年前」というと、もちろん生まれてもいませんからだいぶ「昔」と思われるでしょう。
でも、私からすると、就職活動をしていた頃でそんなに「昔」と思うことでもありません。
時間の感覚というものは、そのように、人によっても世代によっても違うのだと感じます。
実は時間というものは、私たちが思っている以上に、絶対のものではないかもしれない、ということを思います。
聖書の一番初め、創世記の最初にあるように、神さまが、「光あれ」と言われてこの世界を造られた時に、時間も始まりました。
そして、今朝の聖書の箇所で「愛する人たち」と呼びかけているように、神さまは愛する私たち一人ひとりのために、一番よいように、時間を用いてくださいます。
最初に言いましたように、清和を流れる時間が穏やかなのも、神さまがここを大事にしておられるからでしょう。
ここで過ごす一人ひとりが、穏やかに日々を過ごせるように、神さまが今日も支えてくださっていることを思い、安心して今日もみんな一緒に過ごしていければと願います。

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