礼拝の話

2025/09/11 

日本基督教団土佐教会 成田信義牧師

聖書 マルコによる福音書 15章42~47節

2001年の今日9月11日のことを、世界は「9.11」と呼んでいます。
この事件によって倒壊した世界貿易センタービルの跡地周辺は「グランド・ゼロ」と呼ばれています。
「グランド・ゼロ」とは「爆心地・爆発の中心地」という意味です。
そこには、屋外追悼広場として「メモリアル」が建設され、巨大な正方形のプールの縁には、犠牲者の名前が刻まれ、追悼の場となっています。
追悼とは、死者の生前を思い出して大切に思い、その死を悲しむことです。
追悼とは過去を葬る営みではなく、むしろ、過去と向き合い、未来のために死者と関わる行為です。
聖書には、十字架で死んだイエスを埋葬し、追悼の時をもった人のことが記録されています。
当時は十字架刑で処せられた死刑囚は埋葬されることはありませんでした。
十字架刑とは、命を奪うだけではなく、その人が生きた証しも記憶も消し去るものでした。
聖書は埋葬されるはずのなかったイエスが埋葬された、という出来事を記録しています。
もし、イエスが埋葬され追悼されなかったら、2000年後の私たちが、イエスを記憶し、平和の主として出会うことが出来なかったにちがいありません。
十字架は、イエスをあのようにして死なせた過去と向き合い、今を平和につないでいく追悼の場、もうひとつの「グランド・ゼロ」だと言えます。
「グランド・ゼロ」には、「再生と始まり」という意味もあります。
この朝、「グランド・ゼロ」に思いを傾けて、平和の祈りを合わせ、9.11という過去と向き合い、平和をつくり出すために方向転換していく者でありたいです。

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