礼拝の話

2026/05/26 NEW

山 脇(社会科)

聖書 マタイによる福音書 19章23~26節

先週、高知新聞で2日続けて歴史的な発見に関する記事が載りました。
1つ目は5月18日、月曜日の新聞一面。
日本史の教科書には必ず写真付きで載っている、大仙古墳、通称仁徳天皇陵で、新たに埋葬施設とみられる盛土が確認されたというものです。
2つ目は、翌日5月19日、火曜日の高知新聞2面に載っていた記事です。
それは、ネアンデルタール人が虫歯の治療をしていた、という内容です。
この2つの記事から、「そんなこともあるのか」という驚きと、現代人が「できるはずがない」「そんなことがあるはずがない」と思っていることも、覆ることがあるということを思わされました。
聖書にも「そんなこともあるのか」と思うことや、「できるはずがない」と思ってしまう話がいくつも出てきますが、イエス・キリストが起こした数多くの奇跡も、まさにそのような「ありえない」ことの連続であったように思います。
今日の聖書箇所でイエスは、「人間にできることではないが、神は何でもできる」と弟子たちに語っています。
イエス・キリスト自身の言動が、「ありえない」ことの連続であったと思えるのは、いくつもの奇跡を起こしただけではなく、当時の当たり前だった意識を変えられたことにも見られます。
それまでの当たり前を覆し、本当の神の教えを説いたことこそが、「ありえない」を「ありえる」ものにされたイエスの奇跡のように感じます。
私たちが日々学習して学んでいることは、現段階での「ありえる」なのでしょう。
これからも新しい発見があるたびに、「ありえない」と思われることがらが、新たな「ありえる」に変わっていくのでしょう。
そのような可能性を考え、想像し、学び続けていきたいと思います。

学校生活の様子

学校生活一覧へ

学校生活|高校一覧へ

学校生活|中学校一覧へ

礼拝の話一覧へ

中学・高校 学年の通信から一覧へ

クラブ活動一覧へ

▲ページトップへ