礼拝の話

2026/09/30 NEW

日本基督教団土佐嶺南教会          鍋谷仁志牧師

聖書 箴言 25章11節

何か伝えたいことがあって、それを分かってもらえるように伝えるためには十分に時間をかけて準備することが必要です。
牧師になるための、神学校に行っていた時、聖書科の先生の免許も取れるように勉強し、教育実習に行きました。
この聖書箇所について授業をしなさいと言われて、どういうふうに授業をするのか、計画書を作って、授業を進めていくというのが本当に大変でした。
担当の先生は、1つの授業の計画書を分単位で細かく作るようわたしを指導しました。
授業を進めること、生徒のみなさんの反応を受けとめることが本当に難しかったです。
今振り返ってみて、授業をするうえで大切なことは、準備の段階で、どれだけ聞く人のことを考えるかだと思いました。
それは礼拝の説教を考えることともつながります。
大先輩の牧師から、自分が会衆席、説教を聞く側の椅子に座っているかのように説教しなさい、と教えられたことがありました。
時宜にかなって、というのは、その言葉が語られるのに、一番ふさわしいタイミングで、語られるということです。
それは、語られるその時だけではなくて、語られるための備えも含めて、すべてふさわしい仕方で、ということだと思わされました。
そんなふうな、自然と互いを思いやる言葉が響き合うようになる、気持ち良い一日を、今日も過ごせればと思います。

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