清和女子中高等学校。創立113年の高知県の私立女子校。キリスト教主義の中高一貫校です。
上記の言葉は今年3月に卒業した生徒の1人が残していってくれたものです。
清和の教育を的確に表現してくれた最高のほめ言葉だと思っています。
清和はアメリカの女性宣教師アニー・ダウドが2人の貧しい少女を引き受けたことから出発しました。それから119年間、人を「集団」ではなくどこまでも「個」「個人」で見るキリスト教の精神を中心とした女性教育に取り組んできました。
建学の精神は校名の由来でもある聖書の「心の清い人々は幸いである。平和を実現する人々は、幸いである」です。
人を集団で見ると、勝ち負けを第一に考える教育になり、能力や技量を偏重することになります。その一方で人格や個性は大切にされなくなります。それでは1人ひとりが持つ良さや生きる力を引き出せません。豊かな心を持つことも、幸せな人生を過ごすこともできなくなります。
そこで清和は、違いを持った1人ひとりをそのまま受けとめることによって、生きる力や学ぶ力を引き出す教育、学ぶ人が喜びや幸せを感じる教育に取り組んできました。
清和はこれからも、1人ひとりの存在をキリスト教の人間観・価値観によって受けとめ、その人が持つ本来の良さや生きる力を引き出すことを目指します。
生徒を集団ではなく「個」「個人」で見るためには「少人数」ではなく「小人数」であることが求められます。
混同されやすいのですが、「少人数」と「小人数」は意味が違います。「小人数」は数的に少ないことを表します。それに対して「小人数」は単位が小さいとの意味です。「少人数」は「小人数」に含まれます。1人ひとりをしっかり見るためには数が多ければ難しくなります。しかし生徒が少なくなるのに比例して教職員も少なくしたのでは、生徒1人ひとりを「個」「個人」で見るとはいえません。生徒の数に対して教職員の数が一定であること、それに何より大切なのは生徒1人ひとりを複数の教職員の目で見るとの意識です。それがあってこそ小人数教育ができます。清和が人間を徹底的に「個」「個人」で見るキリスト教を教育のベースにする理由がそこにあります。