礼拝の話

2022/11/09 

11月8日(火) 聖書 ヘブライ人への手紙 3章13節 社会科 山脇

私には千葉に叔父・父の兄がいますが、その叔父が4年ぶりに高知に帰ってきました。

前回、高知に帰って来たのは父が亡くなった翌年の2018年でした。

それ以来、電話で話すことはあっても実際に会うことができなかったので、今回、久しぶりに元気な姿を見ることができて本当に嬉しかったです。

高知に帰って来た夜、一緒に食事をした時に色々な話を聞きました。

叔父は、先の大戦を経験しています。

高知が空襲に見舞われた時、叔父はまだ小さかった父の手を引いて山に逃げたようです。

「大昔に経験したことに似たことが、今も起きているというのが本当に悲しい」「いつも犠牲になるのは子どもや女性、高齢者だよ。」と叔父は言いました。

もちろん、戦場では多くの兵隊の命も失われますが、その戦場にはいない、小さな存在、弱い存在が犠牲になるという、実際に戦争を経験し、空襲の炎をその目で見た叔父の言葉は、重く、深いものでした。

叔父の話は、色々と考えさせられること、また初めて聞くような話も多くありました。

今はすでに天国に行った私の両親のことも色々と聞き、「もっと父や母と話をしておけば良かった、父や母から話を聞いておけば良かった」と、今更ながら思いました。

その時に伝えておきたいことを伝えられなくて後悔した、ということは皆さんもあるのではないでしょうか。

その時、声をあげていれば、その時、周りの声を聞いておけば、そのようなことは私たちの日常生活の中にはいくつも、いくつもあるのだと思います。

今日読んでもらった聖書箇所には、「今日」という日のうちに、日々励まし合いなさい、とありました。

明日になったら神から離れてしまうかもしれない、心がかたくなになってしまうかもしれない、だから今日という日のうちに励まし合いなさいと聖書は言います。

私はこの箇所を読むと、「今この時を大切にしなさい」と言われているように感じます。

そして、「今日」のうちにと思って行ったことが、「明日」につながるのだと言われているようにも感じるのです。

今この時を大切にして、その時に伝えることで、その時に聞くことで、その時に励ますことで、それが「今日」の心を、そして「明日」の心を豊かにするのではないかと思うのです。

失敗や後悔を繰り返す私に、今日の聖書は大切なことは何かを教えてくれます。

今、この時を大切にすることが、今日の歩み、そして明日の歩みにつながっていくということを心に留めたいと思います。

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