礼拝の話

2023/02/15 

2月7日(火) 聖書 フィリピの信徒への手紙 2章3~5節 日本キリスト改革派 山田教会 高内信嗣牧師

先日、あるフランス映画を観ました。港町マルネイユを舞台にした熟年夫婦の物語です。

夫は労働組合の委員長でしたが、会社のリストラにより多くの同僚とともに解雇されてしまいます。その時、子どもたちが夫婦の結30周年記念にアフリカのキリマンジャロへの旅行券をプレゼントしてくれます。

しかし、ある日、強盗に押し入られ、預金とともに旅行券も奪われてしまうのです。やがて犯人は夫と一緒に解雇された元同僚の青年であることが分かりました。その事実を知った夫は、怒り、悲しみ、苦しみます。実は、犯人は2人の弟を養っていました。

犯人が逮捕されたことで、幼い弟たちは残されてしまいました。熟年夫婦は、残された弟2人に手を差し伸べずにはいられませんでした。この2人の弟を育てることを決断します。そして手元に持ったキリマンジャロの旅行券も換金するのです。犯人の2人の弟を養うために、貧しい生活は続いていきます。

しかし、それでも夫婦は幸せに満ちていました。ここに幸せの鍵があるように思えました。自分を犠牲にしてまでも誰かの存在を大切にするならば、そして自分の時間や力を誰かのために分かち合うならば、その人は人として輝くのです。逆に自分だけの幸せを求めても決して本当の幸せは訪れないと思います。

本日の聖書の言葉の表現を借りるならば、存在の大切さにおいて、他人よりも自分の方が大切だと考える、ということになるでしょう。ゆえに平気で人を蹴落とそうとする。そういう人は人として落ちていくのだと思います。

今日の聖書箇所のように「互いに相手を自分よりも優れたものと考える」というのは実現不可能な綺麗ごとではありません。人間が人間らしく生きるために決して外してはならない大切なポイントです。

本日の聖書の言葉の最後にはこうあります。

「それはキリスト・イエスにもみられるものです。」

このチャペルで私たちは、イエス・キリストの姿を見つめています。イエスは一人ひとりの存在を大切にされました。イエスの姿を見る時に、その生き方が少しずつ私たちの現実となっていきます。他者の存在を大切にしながら、分かち合う生き方を続けていきたいと思います。

その時に、私たちは人として輝くことができるのです。

学校生活の様子

学校生活|中学校一覧へ

学校生活|高校一覧へ

学校生活一覧へ

礼拝の話一覧へ

中学・高校 学年の通信から一覧へ

クラブ活動一覧へ

▲ページトップへ