礼拝の話

2021/03/15 

3月15日(月)聖書 詩編 46編2~4節 音楽科 三浦

先日、3月11日は東日本大震災から10年の時でした。

20年以上、「今日宮城県沖地震が来る確率は50%」と言われて、私は育ちました。

東北地方は地震が日常的にある場所で、震度3クラスは普通に生活の中でありました。

地元で働き始めた2008年、岩手・宮城内陸地震が起こりました。

マグニチュード7.2、朝8:43に起こった地震で、最大震度6強でした。

その揺れを感じた時には、ついに地震が来たか!?と思いましたが、違いました。

それから2年後、高知生活の1年目が終わろうとしていたその日、東日本大震災が起こりました。

マグニチュード9.0、最大震度7の今まで経験したことがないような広域での大震災でした。

地震の被害だけでなく、津波による甚大な被害、そして福島第一原子力発電所の大事故。

「想定外」という言葉が溢れましたが、その多くは人災、想定可能だったものだと今はされています。

10年を迎えるこの時に、私はなぜ自分が今を生かされているのか、と改めて思うことが増えたように思います。

私はこの震災を直接体験はしていませんが、その日の混乱は今でもよく覚えています。

情報が錯綜し、弟からは連絡が来たままこちらからは一切連絡が取れず、母と連絡が取れたのは、翌朝6時、公衆電話からの着信でした。

それから1週間、家族とは一切音信不通でした。

実家も、家族の職場もかろうじて津波が来る場所ではなかったので、きっとどうにか力を合わせているだろうと思うほかなかったことを思い出します。

我が家は幸い、半壊の扱いで済みましたが、10年が経った今も、自宅に帰れない人が4万人以上、行方不明になっている人がまだ2千人以上います。

遠く離れていると、すべてが過ぎ去ったことのように感じられることもありますが、まだまだ終わってもいなければ、過ぎ去ってもいないということを強く感じさせられます。

私たちにできることはなんでしょうか。

それは、忘れない、思い続ける、一緒に考え続けるということです。

何か大きなことができなくても、思い続けることで、いつか出会う被災者の方と思いを共にすることはできるのではないでしょうか。

高知県は遠くない将来、南海地震に見舞われます。

私が中高生時代に言われたように、今日その地震が起こる可能性は50%かもしれません。

何事についても、私たちは正しい知識をもとに、正しく恐れる必要があるのだと思います。

そして、一人ひとりが本当に生き延びるために、何を考えなければいけないかとしっかりと考えることが必要なのだと思います。

この1年、いろいろな制約がある中で過ごしてきましたが、ここまで来ることができました。

私たちには、今を生きることが求められています。

今を精一杯生きることの先に、2021年度、新しい年度が見えてくるのだと思います。

最後までしっかりと歩む中で、次の一歩を見いだしていきましょう。

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