礼拝の話

2023/05/10 

5月2日(火) 聖書 マタイによる福音書 5章8~9節 音楽科 三浦

新聞を読んでいると、ふと目に留まった記事がありました。

4月 核廃絶 G7成果ない6割 広島サミット 被爆者調査 ロシア侵攻、政府への失望反映 というタイトル、見出しでした。

広島で開かれるG7について全国の被爆者の方々へアンケートをした、というものでした。

アンケートに回答した500人以上の方々のうち、88%、大体の方々は、広島という被爆地で開催されること自体は評価すると答えましたが、65%以上の人は「核なき世界」の実現にむけた具体的成果があるとは思わないと答えたといいます。

とはいえ、このサミットに期待することを問う質問には、「核なき世界への強いメッセージの発信」が最多だったといいます。

これらのことからわかることは、誰もが平和な世界の実現を願っているということです。

平和な世界とは、どのようなものでしょうか。

日本は第一次世界大戦、そして第二次世界大戦をする中で、国内外問わず、多くの戦死者を出し、1945年に広島、長崎の2つの都市に人類初、原子爆弾を落とされた国です。

原爆の被害について自分のこととして考えることは、広島、長崎で暮らしていない私たちにはなかなか難しいことなのかもしれませんが、だからといって、知らないこと、わからないこと、昔のこと、といって自分から遠ざけることはできません。

なぜならば、わたしたちは再び世界が戦争の世紀を迎えたことを知っているからです。

いつまた人間が人間に対して、非人道的な兵器の1つである原子爆弾を、自分たちの言う正義のために使うかもしれない、という危機的状況にある中で、広島、長崎の事実をしっかりと考えることが求められているのだと思います。

人と人とが暮らす中で、平和な状態が維持されるというのは、とても稀なことだといいます。

人と人とが生きるということは、いつでも混乱や争い、憎しみがつきまとうことだといいます。

昨日まで仲が良かったと思う人と、次の日に仲違いして大嫌いだと思う、急に口をきいてもらえなくなる、ということは私自身体験してきたことです。

そのような、ある意味、身勝手なわたしたちです。

でも、そのようなわたしたちでも、平和を作ることはできるのです。

それは、日本国憲法の前文にもあるように「不断の努力」によってです。

ここで使われる「不断」は、絶え間なく続く、という意味です。

絶え間なく続ける努力によって、平和は作られていくということです。

逆に言えば、絶え間なく努力し続けなければ、平和を作ることはできないということです。

平和を作るということは、相手を知る、ということなのかもしれません。

ここで必要になるのは想像力です。

1つの事柄に接する時に、自分はこう考えるけど、他の人はどうだろう、他の考え方はどうだろう、と考える時に、わたしたちはより深く、互いについて考え、よりよいものを作り上げることができるのだと思います。

平和とはそのようにして、育てることで培われていくものでしょう。

わたしたちはわたしたち自身を育てなければなりません。

その先に、「平和な世界」が築き上げられるということを信じています。

学校生活の様子

学校生活|中学校一覧へ

学校生活|高校一覧へ

学校生活一覧へ

礼拝の話一覧へ

中学・高校 学年の通信から一覧へ

クラブ活動一覧へ

▲ページトップへ