礼拝の話

2022/05/31 

5月30日(月) 聖書 申命記 34章4~5節 校長 小西二巳夫

今大河ドラマで地元を盛り上げたいと考える地方自治体がいくつもあります。

それをベースに書かれた小説に「大河への道」というのがあります。

大河ドラマの主人公に取り上げてほしいと考えられた人物は伊能忠敬です。

伊能忠敬と聞くと、たいてい日本の地図を作った人との答えが返ってきます。

伊能忠敬を「今の千葉県香取市の商人であったが、50才で家業を息子に譲り隠退。そして江戸に出て高橋から天文学と測量術を学ぶ。幕府の命によって日本地図を作るために55歳から全国を17年間歩いて測量した。日本地図が完成したのは伊能が死んで3年後であった」と紹介しています。

教科書が触れるのは55歳から72歳までの17年間の伊能忠敬についてですが、小説「大河への道」は50歳で隠退するまでの伊能忠敬が何をしたかが書かれます。

伊能は17歳で養子となった伊能家で商売の才能を発揮し莫大な財産を築き、その財産を自分だけのものにはしませんでした。

例えば、浅間山の噴火のために大飢饉が起こった時、大量の米を買い付け、それを飢えに苦しむ農民に無償で分け、残った米を江戸で売って儲け、そのお金で町の人を助けます。

このエピソードだけでも伊能忠敬が素敵な人であったことがわかります。

ところが50歳でそれまでの生活をスパッと止めるのです。

伊能忠敬は、江戸に出て高橋至時という若い学者の弟子になり、天文暦学を学びます。

幕府は国を守るために必要な日本全体の地図作りを高橋至時に命じ、その際に蝦夷地を実際に測量する人物に高橋至時が推薦したのが伊能忠敬でした。

日本の地図が完成したのは、伊能忠敬が死んで3年後でした。

伊能忠敬と同じような人生をたどった人が旧約聖書に出てきます。

それはモーセという人です。

出エジプト記に登場するモーセは人々を約束の地カナンに連れて行くように、神から命じられます。

モーセは自分にはその能力はないと断りましたが、神の命令は絶対で、結局モーセはそれに従わざるを得ませんでした。

その旅の中で、モーセにしばしば不平不満をぶつけたり、勝手な行動をとったりする人たちもいます。

そういう体験を重ねながら、40年もかかって約束の地にたどり着きます。

しかし、約束の地を前にして神はモーセに言いました。

「お前の役目はここまで、お前は約束の地に入ることなく死ぬ」。

そこで考えたいのは伊能忠敬の17年、そして私たちが生きてきた年数です。

モーセの旅はただ忍耐の40年ではなかったはずです。

もしそうならば、たとえ神の命令であっても途中で投げ出したはずです。

モーセが40年間旅を続けることができたのは、毎日の生活の中で、仲間や家族と泣いたり笑ったりの小さな楽しみや喜びがあったからです。

もう無理と思える自分が、ふっとした小さなことで慰められることがあります。

絶対に許さないと思った仲間に助けられることもあるのです。

生きていてよかったと思える瞬間が私たちには神から与えられているのです。

モーセの40年はまさにその繰り返しでした。

日々の生きる力を与えてくれる神がずっと寄り添ってくれる40年だったのです。

それがわかっていたモーセは約束の地に入れなくても十分満足できたはずです。

清和の学校生活には生きる力を持つ人になるための行事がたくさん用意されています。

今日から始まる中間試験もまさにその行事の1つです。

中間試験に真剣に取り組むことによって、日々の生きる力を持った自分になっていくのです。

そこに清和が中間試験を行う目的があるのです。

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