礼拝の話

2023/06/09 

6月5日(月) 聖書 テサロニケの信徒への手紙Ⅰ 5章10~11節 校長 小西二巳夫

先日あったカンヌ映画祭で主演男優賞をもらったのが役所広司という俳優です。

役所さんが主演男優賞をもらったということで、CS放送がそれを記念して役所さんがこれまでに出演した映画を連続して上映しました。

その一つに「Shall we ダンス」といタイトルの映画があります。

ダンスがタイトルになっているように社交ダンスを扱った映画です。

舞台は町のダンス教室、役所さんが演じる主人公は42歳のサラリーマン杉山さんです。

杉山さんはそれまで社交ダンスの経験はありませんでしたが、ある日、乗り換えをする駅のホームからダンス教室の看板と、その窓から遠くを見つめる女性を見つけます。

杉山さんはその姿にひかれるようにダンス教室に入会します。

杉山さんは運動神経に自信があったのに、うまく踊れないことが悔しくてレッスンを必死に受けますが、インストラクターである舞さんは冷たい視線を送り、時には無視をします。

舞さんは元々大きなダンスの大会で優勝するなどの実績を持つ有望なダンサーでしたが、世界的なダンス大会を前に、パートナーである男性からコンビ解消を告げられたのです。

プライドの高い舞さんには、それは許せない出来事でした。

しばらくして、杉山さんはダンス大会に出ることになりました。

その指導を舞さんがすることになりましたが、ステップもまともに踏めない、そして何度注意されても同じ間違いをする下手な杉山さんの存在などどうでもよかったのです。

ところが、ある日、舞さんがいつものように、窓から遠くを見ていて、ふっと下を見ると、杉山さんがホームの上で一人一生懸命ダンスの練習しているのが見えたのです。

その姿にハッとさせられます。

新しい出発をすることになった舞さんが別れの手紙の中で杉山さんにこう書きました。

「まさかその時、あなたが私を救ってくれる王子様だったとは思いもしませんでした。

でもホーム踊るあなたの姿を見る度に私の中で何かが変わり始めていきました」。

舞さんにとって杉山さんは最初、手をさしのべて、助けてあげなければならない存在でした。

けれど、そういう弱い相手、手をさしのべなければならないような存在によって、逆に自分が助けられることになったと言うのです。

小説「Shall we ダンス」のラストは舞さんを送り出すダンスのサヨナラパーティーです。

ダンスの最後は、一番大事な人と踊るというのが習慣だそうです。

しかしそのパーティーに杉山さんは事情があってやってきませんでした。

集まった人たちは、舞さんはどうするのだろうか、杉山さんの代わりに誰を指名するのだろうかと、はらはらしながら見ていましたが、曲が始まると同時に、舞さんはすうっと一人で踊り始めたのです。

「Shall we ダンス」の中で舞さんに見えないパートナーがいることがわかったように、聖書は私たち一人ひとりに、人生の確かなパートナーがいることを教えてくれているのです。

私たちには、私たちを絶対に裏切らないパートナー、それはイエス・キリストです。

聖書はイエスという、たとえ見えなくても確かなパートナーがいることを実感できたら、素敵なダンスを踊れる、つまり充実した毎日を過ごせることを教えてくれているのです。

たとえ孤独に思えるその時にも、決して自分を裏切らないパートナーがいることがわかったら、これほど心豊かに安心して毎日を過ごせることはありません。

私たちはそのことを自分のものにするために、清和で学び学校生活を過ごしていると言っても言い過ぎではないのです。

しかも自分にとって最も頼りになる見えないパートナーであるイエスと、大したことはないと思える繰り返しの毎日の中で出会えると聖書は教えてくれているのです。

そこに、毎日の学校生活をしっかり過ごすことの意味があります。

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