礼拝の話

2023/07/04 

7月3日(月) 聖書 ヨハネによる福音書 3章7~9節 校長 小西二巳夫

日本では風に200以上の名前が付けられ、さらに色まで付けられています。

学校生活にも風は深く関係しています。

水曜日から1学期の期末試験が始まりますが、試験の準備はまずまず進んでいる、それなりによい結果が出せそうという場合、それを風で表現すると「順風」です。

「追い風」が吹いていると言うこともできます。

さらに思い通りに進んでいる場合は「順風満帆」がピッタリ当てはまります。

定期試験だけでなく、学校生活そのものが順風満帆であってほしいというのは、本人の、家族の、そして学校がいつも願うことです。

けれどいつも順風や追い風が吹くはずがありません。

追い風や順風に対して向かい風、逆風というのも当たり前に吹きます。

やることなすことが裏目に出る、何をしてもうまくいかない時というのがあります。

それを季節でいうならまさに今の梅雨時です。

梅雨の季節は湿度が高くてジメジメしていて、気分的に鬱々しがちで、そこに風が吹いてくるとさらによくありません。

そこで梅雨時に吹く風を、黒い南の風と書いて「黒南風」と呼び、梅雨が明ける頃に吹く風を白南風と言います。

こうしたことからもわかるのは、風と私たちの関係は深いけれど、残念ながら私たちは風をコントロールすることはできないことです。

そうした風と私たちの関係を短い言葉でズバリ表現しているのが今日の箇所です。

「風は思いのまま吹く」、これは風はいつでも吹いている、そして風にも気持ちや意志があることを表しています。

風は旧約ではルーアッハ、新約ではプニュウマと言いますが、別の意味があって、それは息です。

それも私たち人間の息ではなく「神の息」のことを言います。

そうすると風の意志や気持ちは神の意志、神の考えということになります。

大昔の人は風を単なる自然現象ではなく、そこにもっと深い意味を見出したのです。

自分たちがどのような生き方をすればいいのかを風を通して考えたのです。

そこでさらに気づきたいのは「思いのまま吹く」という言葉に、神はわざわざ私たちを苦しめるような風は吹かせないという「愛」が込められていることです。

それを順風満帆から理解することができます。

帆を張った船は向かい風や逆風が吹いたら、前に進むことができないか、目指す方向に進めないかというと、そうではありません。

ヨットや帆船は逆風や向かい風を味方につけて進むことができるのです。

マストに取り付けた帆の張り方をうまく調節することで、弧を描きながら、時には順風や追い風より早く進むことができるのです。

ということは、私たちが思い通りにならないと思える時、逆風や向かい風が吹いていると思う時にこそ、風を味方に、つまり神を味方につければ、困った状況も乗り切れるということです。

毎日を生きる中で、自分が順風や追い風を受けているのか、それとも逆風や向かい風の中にいるのかと考えた時、残念ながらたいていの人は逆風や向かい風の方がはるかに多いと感じ、希望を失いがちになります。

けれど、そのことに何も何ら失望しなくていいことを、清和を通して聖書に出会い、イエス・キリストに出会っている私たちは学び教えられているのです。

そのことにしっかり気づくなら、目の前に迫った1学期の期末試験にも、今からでも希望を持って前向きに取り組むことができます。

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