礼拝の話

2022/04/13 

4月12日(火) キリスト教教育週間 2日目 「キリスト教はどのようにしてできたか」 聖書 マタイによる福音書 5章1~10節 校長 小西二巳夫

キリスト教はどんな宗教ですかとの質問に、「イエスをキリスト、救い主と信じる宗教です」と答えたら間違いなく正解です。

キリスト教ができたのは、イエスが死んでから30年以上経ってからのことです。

ユダヤは少数民族の国でした。

バビロニアという軍事大国から攻撃され、何もかも失ったユダヤ民族がエルサレムに戻れたのは50年後のことでした。

ユダヤ民族はいつエルサレムに帰れるかわからない中でどうすればいいか考えました。

そこで出た結論は、「武器や戦争で自分たち守ることはできない」「小さな民族が生き延びるために必要なのは、その時その時に最適な答えを出すこと、判断できるようになること」、そして「小さく弱い民族、国を守ってくれるのは、先祖をエジプトから救い出した唯一の神だけ」ということです。

そして、その神が自分たちに与えた律法をしっかりまもらなければならない、と考えたのです。

これが、ユダヤ民族が教育に熱心な理由でした。

イエスの時代、神に救われる絶対的条件は律法を守るということでした。

律法を守れない人は救われなくてもしかたがないと考えられていました。

しかし、イエスは旧約聖書を学び、律法を学ぶ中で、ルールを守るために人は作られたのではなく、律法は一人ひとりの人間を守るために作られたものと考えたのです。

そして、30歳を過ぎた頃から、自分の考えを生まれ育ったガリラヤ地方で多くの人たち前に話しを始めたのです。

ガリラヤ地方は貧しい地域で、多くの人の生活は貧しく厳しかったわけです。

律法を守りたくても守れない立場の人たちが多くいたのです。

律法を守れない立場の人はまともな人間として認められない、彼らは生きる価値がないと思い込まされていました。

そういう考え方で、国の指導者たちは民族を支配していたのです。

言い方を換えると、ユダヤの指導者は信じるものは救われる、信じないものは救われないと言ったわけです。

そして、信じることの証明が律法を守ることだと考えたのです。

それに対して、イエスは信じる、信じないに関係なく、つまり律法を守る、守らないに関係なく、すべてのユダヤ民族は救われると言ったのです。

イエスにとって大切だったのは、国ではなく、一人ひとりの人間が救われることでした。

そのために律法が神から与えられたと考えたのです。

イエスの律法に対する態度は国の指導者にとって許せないものでした。

イエスをそのまま放っておいたら、自分たちの立場が失われると恐れたのです。

それを防ぐために、つまり自分たちを守るためにイエスを十字架で殺しました。

ところがそれで終わったわけではありませんでした。

むしろ、それが始まりでした。

イエスが十字架にかけられて殺された、それですべてが終わったと落胆した人たちの間で、そしてそれぞれの人の心の中で、イエスが生きていると考える人たちがどんどん出てきたのです。

そして、その人たちがイエスの言葉や考え方、価値観を語り始めたのです。

やがて民族や国ではなく、一人ひとりの存在が救われるというイエスの考えが、宗教や民族、国を超えて人々に受け入れられていったのです。

それが次第に形を整えてキリスト教になっていったのです。

清和の一人ひとりを大切にする、存在を大切にすることから始まる教育は、イエスの考え方に基づいているのです。

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