礼拝の話

2023/01/27 

1月17日(火) 聖書 コロサイの信徒への手紙 4章雄5~6節 音楽科 三浦

「ごめんなさいハガキコンクール」の記事を見ました。

アンパンマンの作者で有名な、やなせたかしさんが2003年に、高知の後免町の「ごめん」にちなんで、「今まで言えなかった、ごめんなさいの気持ちを伝えてもらいたい」と発案し、今年で19回目を迎えた、というものでした。

今回は北海道から沖縄まで、1772作品の応募があって、入選作品の20作品が選ばれたということでした。

その中でも、今のご時世だからというものがありました。

「すまんかったな。コロナのバカ野郎のおかげでお見舞いも葬式も行けんかった」。

短い「すまんかったな」の言葉の先にどのような葛藤やつらさがあったのかは、想像するしかできませんが、この感染症さえなかったら、という思いは誰しも持つものなのではないでしょうか。

さて、私たちは毎日何かしらの出来事の中で、まずかったなぁとか、悪いことしたなぁと思うことがあると思います。

そんなとき、なんとなくお互いに気まずくて、距離ができたり、すれ違いが起こったりしますが、それをふっと解消してくれるのが「ごめんなさい」という言葉なのだと思います。

この「ごめんなさいハガキ」の中身から見ても、この「ごめんなさい」という言葉は、いろいろな意味を込めて使うことができる言葉でしょう。

悪かったなぁという思いを伝える「ごめんなさい」、相手にしてあげたかったことができなくて、後悔も含めての「ごめんなさい」、互いを思いやってのすれ違いや、いろいろな思いを振り返っての、ありがとうの感謝も込めての「ごめんなさい」。

こうやって考えてみると、日本語はさまざまな表現があり、1つの言葉にもいろいろな意味があり、複雑だけど豊かな言語なんだなぁと思わされます。

人間は言葉を使うことができます。

そうであるならば、しっかりとその言葉を、互いを理解する大切な道具として使うことが必要です。

短い言葉も、ある意味わかりやすくてよいと思いますが、本当の気持ちが伝わるか、よく考えて使いたいと思います。

今日1日もしっかりと過ごしたいと思います。

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