礼拝の話

2023/05/16 

5月12日(金) 聖書 マタイによる福音書 6章20~21節 理科 寺田

私は小学生のときに理科の楽しさを知り、好きになりました。

特に、化学という反応によって物質を変化させる分野が好きです。

塩酸と水酸化ナトリウム水溶液という危険な物質を混ぜると塩化ナトリウムという食塩に含まれる物質を作ることができるということに驚いたのです。

この世界にある物質は化学反応によって原子の繋がりを組みかえることで何でも作ることができ、ブロックのように無限の作品ができることがとてもすごいことだと思いました。

そんな感動から、好きという気持ちが生まれてきました。

理科が好きになってから私の中にだんだんと新しい思いが生まれてきました。

それは教えることへの興味です。

学校でクラスメイトに聞かれて理科を教える機会がありました。

最初はちょっとした質問でしたが、だんだんと頼りにされてよく聞かれるようになり、教えているうちにそのことに楽しさを感じる気持ちが生まれてきました。

しかし、実際に先生になることを考えたときに自信がないことがありました。

先生として生徒のお手本になることができるか、理科の楽しさを伝えられるか、ということでした。

そこで考えたのは私の「理科が好き」という気持ちを純粋に伝えようということでした。

そのことに気付いたとき、私は自信がなくてもやってみようという気持ちになることができたのです。

今日の聖書には「富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗む出すこともない。」とあります。

富とは単純にお金に限らず、時間をかけて得た知識、身に付けた技術のことでもあります。

ではなぜ、わざわざ時間をかけてまで知識や技術を身に付けることができるのでしょうか。

その原動力になるのが好きという気持ちです。

好きという気持ちは神さまから与えられた大切な贈り物です。

好きという気持ちを大きく育てていくにはどうしたら良いでしょうか。

それは他の人のために自分の好きを使っていくことです。

自分だけのためではなく、他の人のためになっているということが自分の好きをより伸ばしてくれるのです。

そして、聖書は「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」と続けます。

他の人のために自分の好きを使うことは相手のために行動することになります。

そのことは隣人を愛することであると聖書には書かれています。

その気持ちに素直に向き合って過ごしていきたいと思います。

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