礼拝の話

2023/09/14 

9月12日(火) 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ 4章18節 音楽科 三浦

2001年の昨日、9月11日は「アメリカ同時多発テロ事件」が起こった日でした。

この事件を機に、多くの血が流されることになり、世界中で戦争の種を人々の心に植え付けたままになっていると言えるでしょう。

8月6日に行われている「高知市平和の日」にハンドベル部は演奏を依頼され出演しました。

今年の曲目は「エーデルワイス」でした。

この曲は「サウンド・オブ・ミュージック」というミュージカルのために書かれた作品です。

このトラップ一家は実在の家族で、その後、アメリカに亡命します。

その背景には、戦争の影、戦争そのものがありました。

世界中でさまざまなことがある中でも、「平和の日」という行事の時を行うことができるところで生きている、ということをこの曲から、演奏する側も、聞いている方々にも感じてもらいたいと思い、選曲しました。

演奏後、隣の展示室の見て回ると、いくつかの本や絵本が紹介されていました。

タイトルだけ見ると、戦争や平和についてのものだとはあまり思わないようなものが多かったように思います。

ある絵本を手に取って読み進めた最後にこうありました。

「このとしのふゆ 村はせんそうではかいされ いまはもうありません」

表紙からページをめくっていくと、本当に美しく、幸せな日常が描かれていたのです。

そして、その最後のページが、このような言葉で締めくくられていました。

ふつうの日常が、あっという間に、文字通り、もろくも崩れ去る、それが戦争の現実なのだと思わされ、ワールドトレードセンタービルが崩れ落ちる情景を思いだし、寒気がしました。

わたしたちは誰しも幸せに暮らしたいと思っていても、戦争はふとした瞬間に始まります。

ある人が「人は集団になると何が正しいか、わからなくなる生き物だ」「負の歴史だからといって目をそらしてはいけません。覚えておかなくては悲劇はいつでも、また起きてしまいます」と言いました。

自分の体験にしても、どこかから聞いた話にしても、わたしたちは自分に都合の悪いものはできるだけ、自分から遠ざけたいと思うものです。

でも、それでは、また同じようなことを引き起こしてしまうということも、真実なのだと思います。

エーデルワイスの最後は「Bless my homeland forever」と歌います。

国のために歌う、というよりも、愛する人たちが平和でありますように、ということを歌っているように思います。

わたしたちの2学期は、どうあることが望まれるのでしょうか。

エーデルワイスのように小さく、弱くても、しっかりと根を張ったり、それを見た人がホッとしたり、笑顔になったり、心癒されたり、とそのような存在として、生きることができたら、きっと、そこには平和な空気が作り出されていくのだと思います。

今朝の聖書の箇所にあるように、見えないものに目を注ぎ、大切なものを考え続けることができるようにと願います。

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