礼拝の話

2020/07/21 

7月21日(火)聖書 フィリピの信徒への手紙 1章9~11節 音楽科 三浦

期末試験も3日目になりました。

この1学期間、みなさんはいろいろなことを学んできました。

そのまとめの時として、この試験の期間を過ごしています。

なぜ試験をしないといけないのか、と思う人もいるのだと思います。

なぜ試験をしないといけないのか、を一言で答えると、それは「自分で学んだことを考えるため」だと思います。

私たち教師は、日々の授業でいろいろなことをみなさんと一緒に学びます。

試験前には試験勉強といって勉強をする人が多いと思います。

1つ考えてもらいたいことは、試験前だから勉強するのか、ということです。

私はそうではないと思っています。

試験はあくまでもこれまで学んだことの確認のために行います。

ということは、試験だから勉強する、ということではないと思うのです。

清和のすべての試験は、できる、できないだけを見ているわけではありません。

よい点数を取ることだけを目的としていません。

それぞれの教科の先生方が授業を通し、みなさんと向き合い、世の中に出ていくに足る教養、そして知識を身につけてもらいたいと苦心して問題を作っています。

それにまっすぐに応えるのも、みなさんの責任の1つです。

中学1年生には1年生のレベルで求められていることがあります。

高校3年生には高等教育へと向かうために必要なレベルが求められています。

求められていることに真摯に向き合っているかどうかが問われているのだと思います。

ここにいるみなさんは、清和で3年、6年を過ごし社会に出ていくことになります。

そのときに、必要な知識、必要なマナー、必要な言葉を身につけるために学校生活はあります。

誰も私の代わりに生きられないように、誰もあなたの代わりに生きることはできません。

自分自身をよりよく生きるためには、1つ1つていねいに過ごしていく以外にありません。

今日という1日、まずは今日の決められた科目に真摯に向き合うこと、そして明日の試験にむけての準備をしっかりとすることが必要です。

まずは1学期をよい形で締めくくるために一人ひとりができることを一生懸命して、この時を過ごしましょう。

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